中国の観光客は、去年までは、電気釜、いや自動炊飯器だ。自動炊飯器は昔は電気釜とよばれていた。これを発明したのは、1950年代の始め、大田区にある東京の町工場「光伸社」の三並義忠という人である。戦前は陸軍によって開発しかけたがなかなかうまくいかなかったようだ。その話をすると長くなるので【こちら】をクリックしてもらいたい。
三並は終戦直後、朝鮮動乱終了後の不況による受注減危機に陥った。そこで東芝に日参した。その時の営業部に山田という人がいて、電気釜の開発を要請した。それを快諾した三並ではあった、東芝本社はこの開発の許可を下さなかった。しかし、山田も三並もあきらめなかった、さんざん試行錯誤を繰り返した暁に、山田が温度センサーを東芝から持ち込んだ。三並は電気釜を三重にすることを思いついた。ついに二人三脚で世界で初めての自動電気炊飯器が完成された。試作品が出来たが町工場での大量生産は金がない。そこで東芝がその技術を買って、東芝の名前で初めて売り出したのであった。ソニーや松下電器も失敗していたが、東芝の成功を聞いて、やはり次から次へと家電メーカーが乗り出してきた。1958年、私が結婚した時に、統括部の全員から送られてきたのがその電気釜だったのである(ただし東芝製か他のメーカのものかは忘れた)
当時私は入社四年目ではあったが、会社の近代的、科学的な(統計学的な)経営を目指して、その開発、運営の中核になっていた。若輩の私は、結婚を一週間にせまったときに、独身寮を出なければならず、家を探している時間がなかったので、住む家がないと人事部に駆け込んだ。泣きついたのではない、半ば脅迫したのだ。それで、日ごろ目をかけていただいていた次長が、山口、この豪邸に住めといって空けていただいたのが阪急西宮北口駅の北にある豪邸だった。重役が今引っ越したばかりで空いているという。特別の計らいだった。早速そこに住み着いた。一方そんな広いところは新婚では要らない。畳の一部屋だけを使っていた。その電気釜もフル稼働していた。ところが、家内と外で会う約束をしていたが、場所と時間を間違えたので(当時は携帯などない)、家内は先に家に帰った。見ると、電気釜の下の畳が黒く焦げている。慌てて電気釜を止めて火事になるのを食い止めた。原因は100度になっても電気が切れずに、温度がかなり上昇したために畳が少しこげたらしいのである。当時の電気釜はそんな程度のものだったのである。何故炊事場で炊けないのか? 当時は壁に埋め込まれた電源ソケットなどはなく電灯線の二股ソケットから電気釜への電気を取っていたので、今の明かりの電源を使っていたのだ(ちなみにフタマタソケットの開発は戦前で松下電器、現パナソニックが初めだった

それから60年の歳月がたち、現在の最新炊飯器が完成されたのである。これがウォシュレットと共に、中国人観光客の目玉商品として昨年までは買い漁られていた。
さて、話を本題に進めよう。
一応昨年までの自動炊飯器とウォッシュレットのブームが去ると、今、中国人の関心を集めているのは龍角散だ。のどによいという触れ込みだ。PM2.5対策にも使えるという。町ではいっぱい龍角散を抱えて薬局を出る中国人の姿が目に映る。何故龍角散を買うのか? ルルもあるではないか? 名前が中国人になじむのではないか? 「龍のツノを散らす」まさに、その昔、名前を付けた人は、まさか中国人に売れるとは考えも着かなかったのではないか。これほど響きの良い(音でも漢字でも)中国向きのブランドはないと思う。

それで思い出すのは、戦前、戦中に、中国でよく見たのは、どこの田舎に行っても、「仁丹」の看板が屋根の上に大きく置いてある。日本の森下仁丹だ。日本人は口臭を消すためと、そのすがすがしさを感じるための嗜好品に近いが、中国人にはまじめに、何の病気にでも効くものと信じていたのだ。何の根拠もないが、仁丹のすっきりしたすがすがしさで精神的に落ち着くために、痛みや吐き気、気分の悪さが消えることで病気が治ると思ったのであろう。まさに、「病気は気から」という。
また、名前も中国受けがする。即ち赤色の仁→医術は仁術という、即ち赤い医者、丹のもう一つの意味は丸薬となるので、仁の薬ともなる。
その当時は日本の「仁丹」は神の薬、「神薬」だったのだ。
ところが今は「龍角散」が中国人観光客の間では「神薬」となった。
そこで一句、

中国人、
昔の神薬
仁丹で
今の神薬、
龍角散
無病息災
買い漁る

私の海外旅行常備薬は、まさに中国人と同じ発想、飲み過ぎには「グロンサン」、食べ過ぎには「キャベジン」、熱帯地方には「セイロガン=征露丸」の三点セットだ。

追伸:新婚のお祝いで北ノ新地のクラブのママにもらったのが、枕もとを照らす和紙と木で出来たなまめかしい行灯だった。これは家内の大ヒンシュクを買って、お蔵入りになった。ママの気遣いか、冗談か、はたまた仲を裂こうとしたたくらみなのかは、いまだにわからない。

株式会社網屋 監査役 山口 敏治